『津軽三味線』とは

過去、東北や越後などの寒冷地は厳しい自然環境の中で作物の実りも悪く、貧困や住環境の粗悪さなどから生まれながらに目や身体の不自由な人なども多かったようです。
津軽の農家にとって農作業の働き手として期待できない立場の子らは疎んじられ(うとんじられ)、女は「いたこ」、男は「坊様(ぼさま)」などと呼ばれ、家 族や村社会から放逐される運命にありました。そんな彼らは、かろうじて生き延びて行くための手段として、歌や踊り、三味線などの芸事を身につけて人々に聞 かせ、門付けの物乞い(ものごい)をする事で日々のわずかな糧(かて)を稼ぐしかありませんでした。(北陸・越後地方などでは、特にそのような女性を「瞽 女(ごぜ)」と呼んだそうです)
津軽地方ではこうした人々の中から、三味線に平家琵琶(へいけびわ)の奏法を取り入れ、激しく掻き鳴らすように演奏する独特なリズムと旋律が生まれてきま した。それは、風雪波浪の厳しい津軽の自然の中にあって、本意なく過酷で孤独な境遇に生きざるをえなかった彼らの、生への情念が迸る(ほとばしる)心の叫 びであったのかもしれません。津軽三味線の根底に流れる波長は、彼ら社会に蔑まれた(さげすまれた)人々の生きるためのエネルギー。その研ぎ澄まされたリ ズムと、うねるような旋律は、現代社会に置いては聴く人々の魂を癒し(いやし)、興奮と陶酔の世界に誘う(いざなう)伝統的な「芸」の力として引き継がれ ているのです。

当教室「渡辺民謡会」会主渡辺傳次郎、並びに副会主渡辺祐紀和は、日本を代表する津軽三味線奏者故・高橋祐次郎氏に師事し、ともに師匠よりその正統な技量を認められ名取の認可を戴きました。
現在、渡辺民謡会を通じて各方面イベント等での演奏活動、民謡や津軽三味線の企画参加、教育現場への民謡や三味線導入支援など行っています。また、地域への奉仕として各種福祉施設でのボランティア演奏も行っています。
ロンドン公演
ロンドン公演・マイルエンドパーク内ギャラリーにて

  

『江差追分』とは

北海道南西部、函館から西に位置する日本海沿いの江差町に徳川時代から伝わる、日本を代表する民謡です。
北海道という土地柄や風土に育まれ、波涛のうねりを思わせる哀調を帯びた調べが特徴です。

その起源は古く徳川時代中期、中山道と北国街道の分岐点である今の軽井沢「追分」あたりに生まれた馬子唄「追分節」(別名「信濃追分」「馬方三下り」)が起(おこり)と言われています。
街道を行き来する旅人や瞽女(ごぜ)、参勤交代の北陸武士たち等によっていつしか越後に伝えられ「越後追分」となり、北前船の船乗りや商人、渡り稼ぎの芸 人たちによって蝦夷地(えぞち)に伝えられました。辺境の荒い波濤(はとう)に揉まれる土地柄・風土がそうさせるのか、そこはかとない哀調を帯びた海の調 べを思わせる今の江差追分の原型が生まれたのです。
長い変遷の間には、各地に伝わる地唄や俗曲などとも融合し、唄い継がれ練り上げられ、独特の情緒あふれる江差追分に昇華されてきたとも思われます。

明治以来「江差追分」の一般への普及と共に会派が乱立し、様々な曲調の不統一など問題化した時期もありました。しかし地元の人々の努力で、昭和10年江差町長を会長とする「江差追分会」が設立されました。(戦後の混乱期を経て昭和22年に再発足)その後次々に全国各地に支部を設け、定期的に全国大会を催すなど、津々浦々に幅広い愛好者を持つまでに至っています。
昭和57年には江差町に江差追分節の殿堂「江差追分会館」が落成しました。
江差追分を唄う
江差追分を唄う会主渡辺傳次郎
当教室主宰渡辺傳次郎は、この全国組織である「江差追分会」に所属し幾度も『全国大会』(※)において優秀な成績を収め、西日本出身者では初の江差追分全国大会入賞を果たしました。
平成元年正式に「江差追分会愛知三河支部」支部長として創立を認可されました。また、幾年にも渡る努力と研鑚が認められ、平成14年には江差追分会より正統な正調江差追分節の伝承者である証し公認師匠の資格を認定されました。
また、平成15年には江差追分会より、支部発足からの地道な功労が認められ、第1回奨励賞(第40回全国大会)を授与されました。
 ※『江差追分全国大会』

江差追分全国大会 江差追分全国大会に出場するまでには下のような、経緯で段階を踏みます。

 ◎地区予選大会(各地区別)
  (各地方支部に所属していることが必須です)
      ↓
 ◎全国大会予選会(江差町)
      ↓
 ◎全国大会決選会(江差町)
  (予選を勝ち抜いた50名で競われます)


(全国大会で唄う会主渡辺傳次郎)

 

 

 

会主高橋傳次郎 渡辺傳次郎(江差追分会公認師匠)
 (わたなべでんじろう)
副会主高橋祐紀和 渡辺祐紀和
 (わたなべゆきかず)
【渡辺民謡会会主】 【副会主】
出身: 愛知県岡崎市
渡辺民謡会会主
江差追分会師匠
江差追分会理事
江差追分会師匠会理事
江差追分会関西地区運営協議会会長
江差追分会愛知三河支部支部長
日本民謡協会三河傳祐支部支部長
岡崎五万石保存会副会長
豊田民謡協会代表
豊田文化団体協議会委員
中日文化センター講師
暮らしの学校講師
岡崎文化協会芸能部会長

出身: 富山県新湊市
渡辺民謡会副会主
江差追分会三河支部
江差追分三味線
岡崎五万石保存会理事
(財)日本民謡協会三河傳祐副支部長

 

 
略歴
渡辺傳次郎(以下傳次郎)
渡辺祐紀和(以下祐紀和)
昭和50年 日本民謡の稽古を本格的に開始(傳次郎)
51年 日本民謡の三味線の修行を開始(祐紀和)
55年 渡辺民謡会を結成
民謡おさらい会(岡崎市老人福祉センター)
56年 民謡おさらい会(岡崎勤労福祉会館)
57年 江差追分を北海道江差町の
近江八声上席師匠に師事する(傳次郎)
民謡おさらい会(岡崎市勤労福祉会館)
58年 江差追分全国大会初出場(傳次郎) ※以後毎年出場
民謡おさらい会(岡崎勤労福祉会館)
59年 江差追分の三味線を江差の
近江タキ師に師事する(祐紀和)
発表会(岡崎市せきれいホール)
60年 発表会(岡崎市せきれいホール)
61年 おさらい会(岡崎市せきれいホール)
62年 発表会(岡崎市せきれいホール)
63年  津軽三味線を津軽三味線の
第一人者高橋祐次郎師に師事する
発表会(岡崎市せきれいホール)
民謡おさらい会(岡崎市甲山会館)
平成元年 江差追分会愛知三河支部創立を承認される
発表会(岡崎市せきれいホール)
豊田民謡協会、財団法人豊田文化協会に入会
2年 江差追分愛知三河支部創立記念行事
「江差追分物語」(岡崎市民会館)を主催する
日本コロムビア全国民謡コンクール
中部地区代表
小室節全国大会準優秀賞受賞(傳次郎)

発表会(岡崎市せきれいホール)
4年 発表会(岡崎市せきれいホール)
5年 江差追分会
組織対策検討委員会委員となる(傳次郎)
民謡おさらい会(豊田市勤労福祉会館)
民謡のついどい(岡崎市せきれいホール)
6年 日本民謡フェスティバル出演(NHKホール)(祐紀和)
発表会(岡崎市せきれいホール)
7年 江差追分全国大会
決勝大会9位入賞(傳次郎)
「江差追分物語2」(愛知県足助町飯盛座)を主催する
発表会(岡崎市せきれいホール)
8年 発表会(岡崎市せきれいホール)
9年 江差追分会公認準師匠を認定される(傳次郎)
家元高橋祐次郎師と津軽民謡の大御所浅利みき氏との共演
「津軽三味線物語」を主催する
発表会(豊田市勤労福祉会館)
10年 津軽三味線高橋流名取高橋祐紀和
許可される(祐紀和)
発表会(岡崎勤労福祉会館)
11年 新民謡ふるさと紀行北海道編(NHK)の
CD収録出演する
NHKラジオ・ラジオ深夜便in石垣島に
三味線奏者として出演する(祐紀和)
渡辺民謡会結成20年記念発表会(岡崎市民会館)を主催する
津軽三味線フェスティバルin東京ドームに出演する
「新とよた音頭」「とよた四季づくし」制作に参加
12年 豊田民謡協会の会長に就任する(傳次郎)
津軽三味線と尺八、能管、和太鼓による「ヤンサノエ」結成し、
「津軽の風」上演する
「夏祭り」発表会(三好町文化センターサンアート小ホール)
13年 高橋流名取高橋傳次郎を許可される(傳次郎)
ジャパンイヤー2001ロンドンにてライブ演奏する
会名を『高橋流渡辺会』と改名する
津軽三味線と日本舞踊の競演「鶴」を上演する
第22回発表会(岡崎市民会館)
豊田まちかどチャリティーコンサートに出演
14年 江差追分会公認師匠を認定される(傳次郎)
江差追分全国大会地区予選会審査委員となる(傳次郎)
愛知教育大学付属岡崎中学校で、西三河音楽教育部会において、
音楽教師の為の津軽三味線・民謡の講習を行う

津軽三味線と創作バレエ(二條宗女バレエ教室)のコラボレーション
「ウーマン」を上演する
豊田市小中学校和楽器体験学習派遣事業に参加(以後毎年)
(傳次郎)岡崎市矢作市民センター 民謡講座講師となる(至現在)
15年 サントリー・ハイパーフォーラム浜松で江差追分披露する
静岡新聞・静岡放送「SBS学苑 浜松」
「江差追分の楽しみ方〜実演と唄い方体験」
担当講師(傳次郎)

第23回発表会(岡崎市民会館)
(傳次郎)第一回とよた市民野外劇にナレーションとして出演
16年 「おばんです 江差追分うたがたり」(碧南エメラルドホール)
青坂満氏(江差追分会上席師匠)
木村香澄氏(第28回全国大会優勝者)と共演

東海道藤川宿(愛知県岡崎市)より民謡の制作依頼を請け
「藤川音頭」を作詞作曲・振付けをする

日本民謡フェスティバル(NHKホール)高橋祐次郎社中として出演

「江差追分うたがたり〜江差のまつり〜」(豊田市民文化会館)を主催
江差追分全国大会優勝者5名と共演 江差の写真展開催

第24回発表会(幸田町民さくらホール)

第14回江差追分発表会(岡崎市甲山会館)
17年 英ダービーシャー青少年ジャズオーケストラと共演
英ダービーシャー青少年ジャズオーケストラ
とのジョイント(豊田市カバハウスホール)

愛・地球博で北海道県人会ステージに出演
【愛・地球博】にて
「和太鼓芸能祭」和太鼓、尺八と共演
「全国県人会まつり」北海道ステージ
「北海道の日」木村香澄氏と共演

「祭座ニッポン」(豊田スタジアム)出演

「おたのしみ民謡紀行」(幸田町民会館)開催
豊田市立前林中学校、音楽選択授業にて津軽三味線の指導開始(5年間)
18年 第2回豊田市民野外劇「衣の里夢大地」 津軽三味線似て参加 (豊田スタジアム)
第26回発表会 「民謡の集い」 (豊田市民文化会館大ホール)
和楽器体験学習指導 豊田市内小中学校 (津軽三味線)
19年 江差追分関西運営協議会会長に就任
第27回発表会 「民謡の集い」 (豊田市民文化会館大ホール)
和楽器体験学習指導 豊田市内小中学校 (津軽三味線)
正調岡崎五万石理事に就任
「江差、津軽の文化にふれよう」に出演 東広瀬小学校(同20年)
(傳次郎)江差追分会理事に就任
(傳次郎)みよし市より文化振興感謝状
20年 渡英し、ダービーシャーにて親善演奏会を行う(カウンティーホール)
第28回発表会「民謡の集い」(豊田市民文化会館大ホール)
中国四川大地震チャリティーコンサートに出演(名古屋市)
第1回とよた市民交流芸能大会に出演(豊田市小原町)
21年 第27回発表会 「民謡の集い」 (豊田市民文化会館大ホール)
桜まつり「民謡のつどい」(岡崎城二の丸能楽堂)
(傳次郎)暮らしの学校、津軽三味線講師となる
(傳次郎)江差追分全国大会審査員を務める
22年 (傳次郎)豊田市文化功労賞受賞
第30回発表会 「民謡の集い」 (豊田市民文化会館大ホール)
(傳次郎)岡崎中日センター 津軽三味線講師となる
第3回とよた市民交流芸能大会に出演(豊田市民文化会館大ホール)
桜まつり「岡崎五万石のつどい」(岡崎城二の丸能楽堂)
23年 (傳次郎)豊田市表彰(文化振興)受賞
第4回とよた市民交流芸能大会に出演(豊田市民文化会館大ホール)
桜まつり「岡崎五万石のつどい」(岡崎城二の丸能楽堂)
24年 (財)日本民謡協会入会(三河傳祐)
(傳次郎)とよしん育英財団 教育文化賞受賞
(傳次郎)江差追分会師匠会理事に就任
(傳次郎)豊田中日センター 津軽三味線講師となる
第32回発表会 「民謡の集い」 (豊田市民文化会館大ホール)
(財)日本民謡協会少年少女全国大会出場(品川きゅりあん)
桜まつり「岡崎五万石のつどい」(岡崎城二の丸能楽堂)
25年 高橋流渡辺会から渡辺民謡会に改名する
第33回発表会 「民謡の集い」 (豊田市民文化会館大ホール)
(財)日本民謡協会少年少女全国大会出場(品川きゅりあん)
(財)日本民謡協会全国大会出演(両国国技館)
桜まつり「岡崎五万石のつどい」(岡崎城二の丸能楽堂)
26年 (祐紀和)第35回岡崎市民芸術文化祭「夢 紡ぐ」瞽女役で出演
第34回発表会 「民謡の集い」 (豊田市民文化会館大ホール)
(祐紀和)豊田市民文化振興財団功労賞
江差追分ジュニアセミナー参加(江差町)
(財)日本民謡協会全国大会出場(両国国技館)
桜まつり「岡崎五万石のつどい」(岡崎城二の丸能楽堂)


 


【江差追分関連】(順不同)
 ●北海道 江差追分会(江差町)  ●北海道 檜山支庁ひやま観光情報「もうひとつの観光ロマン」

【津軽三味線関連】(順不同)
 ●青森県金木町 「津軽三味線発祥の地」  

【邦楽/民謡全般】
 ●コロムビア 「日本の伝統音楽」  ●カルタコム 日本伝統音楽CD通販「純邦楽&日本」


発表会

このページは津軽三味線教室「渡辺民謡会」、
会主渡辺傳次郎、副会主渡辺祐紀和が運営して
います。楽しい津軽三味線や、江差追分の世界を
気軽に楽しんでいただける教室です。
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渡辺傳次郎 渡辺祐紀和