【四席】 松原紗蓮氏
絵解き:二河白道
-浄土宗-
日本で最高身となる円空仏の下で育てられた尼僧が松原紗蓮氏。幼少期には素朴にほとけと向き合っていた。成長するにつれ、いつしかほとけを特に意識することもしなくなっていったが遂にエポックメイキングが訪れる。以来彼女は人間が誰しも持ち合わせているこころの二面性を憶念する求道者となった。それらは硝子細工の様な繊細でもろい一面。もう一つは自己所有の極みといえる自身への絶対的な信頼のこころである。同氏の紡ぎ出す法話、説教、絵解きには、常にこの点を強く意識した視座を感じる。多くの悩みを苦しみ抜き、私の居場所を探し続けた日々は彼女のことばを誰にも真似ることの出来ない唯一無二の装いをもって仕立て聞く者を包み込む。今回は、人間の二面性を象徴的に顕した掛け幅「二河白道」を携えてここ専修寺に登場する。中国浄土思想の大家・善導大師がお喩えなさったもっとも著名な一節。松原紗蓮氏がお届けする「夜の部」第一番手「二河白道」の絵解きにどうぞご期待ください。
【五席】 左右田智世氏
絵解き:釈迦涅槃図
-真宗大谷派-
三河すーぱー絵解き座 で副座長を務めて十年強となる。釈迦は35歳で覚りを開いてから布教伝道の日々を繰り返してこられた。釈迦入滅にいたる過程を克明に描いた大般涅槃経によれば、80歳を迎え老いた体を弟子達に示しながら最後の旅を続けられたことが伺える。生きること、老いること、そして死。人生は苦しみに満ちている。ひとはその流れに弄ばれて、片時も逆らうことは出来ないのだ。行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ 消えかつ結びて久しくとゞまることなし。世の中にある人とすみかと、またかくの如し。一千年前、現代と何ら変わらぬひとの抱える問いが鮮やかに刻まれている名文である。孤独、空き屋、墓仕舞い。現代人はこれら脈々と先人によって交わされてきた問いに向き合えず、いまの世相は生きる意義を見いだせないかのようだ。今回は、大いなる死の造形と評される「釈迦涅槃図」を専修寺においてご一緒に味わってゆきたい。
【千秋楽】 梛野明仁氏
絵解き:親鸞聖人御絵伝
-真宗大谷派-
これからの季節、御絵伝を語ると言えば「親鸞聖人絵伝」である。専修寺御院には『善信聖人親鸞伝絵』が所蔵されている。この「Senju_ji 絵解き説法」にて千秋楽を務める梛野明仁氏は、愛知万博の後から三河すーぱー絵解き座の二代目座長を引き継いで座員を牽引してきた。これまでの経験から絵伝の細部を参詣者・参加者すべてが限りなく同じ条件で聞くことが出来るように細心の配慮をする。これは同氏が絵解きを続ける中でたどり着いた伝道のかたちだ。今回も臨場感をもって皆様とご絵伝の世界を味わってゆく為に様々な技巧を凝らして語り上げる。それこそが伝道一筋に生きられた過去の偉大なる高僧・名僧方に対する梛野氏ご一流の表敬なのだ。ご讃題を朗々と発声し、琵琶を吟じ、親鸞聖人を絵解き、法を重ねては称名念仏をする。もしも現代に蘇る琵琶法師の姿を通して自己への深い問いが回帰されるならば、先人方と等しい実りにあなたは出遭ったのだろう。絵解き座がお届けする親鸞聖人御絵伝の絵解き説法をどうぞご期待下さい。