活動記録

絵解きライブ昼の部 (夜の部)


 夜の部に入り最初に登場するのは、座員:村上英俊氏。お届けする画材は『一光三尊佛御絵伝』である。真宗高田派に所蔵される四幅の御絵伝。本来は本坊以外で目にすることはできない。今回は専修寺(三重県一身田)に勤務する同氏の計らいで寺・境内地を飛び出し(原本の複製版)岡崎城にまでやってきた。
 一幅目は、一光三尊仏のがこの世に現れるお言われを描く。場所は現在の国名でインド。その中にある毘舎離国の都が大林精舎。富豪・月蓋長者と如是姫にまつわる逸話から一光三尊仏が造られたとする。その像は宿縁のもよおすまま、後に中国へ渡り更に百濟へと贈られ、遂に百濟の国が聖明王の御代に至って日本へ献ぜられることとなる。
 二幅目は、古墳時代から大和朝廷へと国作りが進む日本へと物語は紐解かれる。物部氏と蘇我氏の抗争から一端この像が難波の浦に沈められるまでを描く。
 三幅目に入ると、偶さか畿内を訪れていた本田善光(ほんだよしみつ)が一光三尊仏を拾い上げたとする。更にそれを背負い自身の住まう信州へと運ばれて善光寺が出来上がるまでを描く。
 四幅目は、本寺・高田専修寺(栃木県)が親鸞聖人の関東への伝道活動により成立する過程を描き。それに伴う教化活動の高徳ぶりを伝えるものが、一光三尊仏の仏身を親鸞聖人がお分けて戴いたとする伝承。それが現在は17年に一度ご開帳されているものと物語るのである。
 特に注目された点は、一光三尊仏に関する取り組みが評価されていると感じられることである。同氏の周りには自然と郷土史、歴史学、そして仏教美術を研究する学芸員から寄せられた豊富な知識と資料が揃い目を見張るものがある。とても今回の限られた時間の中では全てを紹介し切れていない。どうか皆様には今後も絵解き座・村上英俊氏の活動にご注目を戴きたい。



 夜の部二人目の出講は、座員:松原紗蓮氏。お届けした画材は『熊野観心十界曼荼羅』である。熊野比丘尼が懐に携え各地を転々とした。そのとき街道で辻にと絵解きをしてきたものである。
 先ずは全体像を紹介。そこから三途の川へと話題は展開。三種類の渡り方があることを述べて、それぞれ聴衆の心へ回顧と懺悔を促してゆく。 自身への深い反省を述べて聴衆にとっては負の記憶を呼び起こすこととなるこの語りであるが、全く厭みなところは感じられない。
 次に話は六道へ。地獄の絵相へと変わる。「無間地獄」を「自業苦」と表すと共にその背景にある現代の子供達が使う何気ない話し言葉について自身の思いを重ねる。「我利我利」「有材餓鬼(ウザイ!」「無材餓鬼」等々。更に畜生の絵相へ。畜生を人間では無いということから「ひとでなし」と言い当てるところは非常に話に入って行きやすい。
 最後に、その地獄の指摘から岡崎城での絵解きライブの題目である「厭離穢土 欣求浄土」をご案内。さらにこの言葉には、家康公の転機となった桶狭間の戦いが因縁となることから琵琶を手に取り「桶狭間戦記」の導入部を朗吟した。琵琶の弦が起こす音の波。薪能で使用する炎の揺らぎ。同氏の奏でるバチ音と息づかい、そして音声が澄んだ空気を伝う。いつしか夜の帳はすっかり降ろされていた。特に印象に残った場面である。どうか皆様には今後の絵解き座員・松原紗蓮氏の活動に注目を戴きたい。



 本日の絵解きライブの千秋楽に出講は、座員:左右田智世氏。お届けする画材は『釈迦涅槃図』。先に出講の松原氏がお預かりする寺院・浄名寺が所蔵する掛け幅である。
 釈迦最後の旅路となった御年80歳の布教。雨期の安居(あんご)をはさみ半年間の旅路を克明に記録しているのが『大般涅槃経』である。この中に釈迦一代の教えとしての集大成が濃密な文言と背景を重ねて収められている。「諸行無常」「諸法無我」「沙羅双樹の花の色」「盛者必衰」。格調高い日本語の数々がここにある。今回は「諸行無常」について特に考えを整理する時間とさせていただいた。
 諸行無常と言えば、目の前にある現象に捕らわれがちである。それは形あるものが、実は変化変遷移ろいて定まらず、確かなものと考えて疑ったこともなかったことが、実はそれほど確かなものではないのだとする。とすると、ここで一つ問題がでる。確かなものではない、この現象によって在る私の感覚は、これまで全ての出講者が指摘した自身を映す鏡という仏教の教えをどの様に認識するのか、そして自身そのものをどの様に確認するのかということだ。
 そこで現象によって変化するということを「無我」と確認し、さらにその確認の際に使用した「観念モデル」を使い、時間を導入したらどうなるかという問いを投げかけた。物(色)から空(くう)への拡張である。
 最後は、その時間・ときに関する身近な問題をお示しさせていただき今回の絵解きライブをお開きとさせて戴いた。
 特に印象に残った点を上げるならば、行き届かぬ小生が段取りをしたにも関わらず、座員とご参加いただいた皆様の経験、また見識によって会が円滑に進捗したことである。さらに能楽堂の雰囲気は、他に類を見ない荘厳としてそこに居る全員を包み込んでいたことは間違いない。
 どうぞ皆様には、今後も三河すーぱー絵解き座の活動にご支援をお願いしたい。更なるお声掛けを戴けるよう真摯な活動を世に提案することをお約束する次第である。

南無阿弥陀仏 

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